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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

わかってる、わかってる。ホテルの部屋で生まれて……ちくしょう、ホテルの部屋で死ぬんだ。

ユージン・グラッドストーン・オニールの最期の言葉。ユージン・オニールはアメリカ合衆国の劇作家。アメリカの近代演劇を築いた劇作家として知ら れる。1936年、ノーベル文学賞受賞。1888年10月16日、ニューヨーク市のホテルで誕生する。父は当時の有名舞台俳優で、母は女子修道院学校時代 にはピアニスト志望だったこともある専業主婦。19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカ演劇は、ブロードウェイを中心とする商業主義・娯楽主義の支配下で停滞しており、世界的に注目されるような卓越した作品がほとんど生まれなかった。演劇人側から、停滞を打破し芸術的改革を行おうとする動きはあった。 そのアメリカ演劇が、ヨーロッパのようにリアリズムを作劇に取り入れて具体的に「近代化」するのは、劇作家ユージン・オニールの登場と時期を同じくする。1920年、 オニールにブロードウェイでの上演の機会が訪れた。三幕劇『地平線の彼方』(Beyond the Horizon、執筆は1918年) である。この戯曲はブロードウェイのモロスコ劇場で160回上演された。人生に失敗した主人公が夜明けと共に死を迎えるという暗い内容のリアリズム劇にも かかわらず、ブロードウェイで成功を収めたことは、当時としては特筆に値する。オニールはこの戯曲でピュリッツァ賞を受賞した。『地平線の彼方』がブロードウェイで上演された同じ1920年の11月、オニールはプロヴィンスタウン・プレイヤーズによって一幕劇を発表した。『皇帝ジョーンズ』(The Emperor Jones)である。脱獄囚の黒人が、西インド諸島のある島で皇帝として君臨する。しかし反乱が起き、脱出をはかりジャングルをさまよったあげくに殺される。オニールは、カール・ユングの提唱する「集合的無意識」などの学説を参考にしつつ、主人公ジョーンズが追いつめられる心理を表現主義的技法で描いた。ニューヨーク小劇場のネイバーフッド・プレイハウスで上演されたこの劇は、5年後にロンドンでも上演され、オニールの名を世界に知らしめるきっかけになった。1932年以降、オニールは神経性疾患を患った。さらに肺疾患の兆候もあり、以降、病苦と闘いながら晩年を過ごすことになる。1936年、ノーベル文学賞 受賞が決まったが、その時も入院中だった。

ブロードウェイで成功しノーベル文学賞を受賞したという華やかな経歴の持ち主にしては、さびしい最期の言葉です。自宅で死ねなかったのが残念だったのでしょうか。この人は激しい人生を送ってきているだけに、無念の想いも大きかったのでしょう。しかし生まれた場所と死ぬ場所が、同じくホテルの一室だったというのは、奇妙な皮肉にも思えます。オニールについては、日本では山内邦臣氏の研究が有名です。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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