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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

I should have drunk more champagne.
もっとシャンパンを飲んでおけばよかった。

ジョン・メイナード・ケインズの最期の言葉。ケインズはイギリスの経済学者、ジャーナリスト、思想家、投資家、官僚。イングランド、ケンブリッジ出身。 20世紀学問史において最重要人物の一人とされる。経済学において有効需要(着想自体はミハウ・カレツキが先であるとされる)に基いてケインズサーカスを 率いてマクロ経済学を確立させた。経済学の大家アルフレッド・マーシャルの弟子であり、論敵アーサー・セシル・ピグーとは兄弟弟子、ルートヴィヒ・ウィト ゲンシュタインやブルームズベリー・グループとの交流は有名。4歳にして『利子』が何であるのか、自分の言葉で説明できたという天才であった。ケインズの父ジョン・ネヴィル・ケインズはアルフレッド・マーシャルと親交があり、ケインズは子供の頃からマーシャルに可愛がられていた。ケインズが経済学者となることを早くからマーシャルは望んでいたという。弁論にも長けており、経済学者として活躍するようになったころには、その雄弁さゆえに負けることを恐れて、誰も議論をしてくれなくなった。『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1935年 - 1936年)において、不完全雇用のもとでも均衡が成立しうるとした上、完全雇用を与えるための理論として、反セイの法則を打ち立てた上、産出高は消費と 投資とからなるとする有効需要の原理を基礎として、有効需要の不足に基づく非自発的な失業の原因を明らかにした。有効需要は市場メカニズムに任せた場合に は不足することがあるが、これは投資の増加が所得の増加量を決定するという乗数理論に基づき、減税・公共投資などの政策により投資を増大させるように仕向 けることで、回復可能であることを示した。これらの彼の提唱した理論を基礎とする経済学を「ケインズ経済学」(「ケインズ主義」という言葉もある)と呼 ぶ。このケインズの考え方は経済学を古典派経済学者とケインジアンとに真っ二つに分けることとなった。そのため、ケインズ理論の提唱は、のちの経済学者に よってケインズ革命と呼ばれるようになった。ケインズの有効需要創出の理論は、大恐慌に苦しむアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領によるニュー ディール政策の強力な後ろ盾となった。ケインズは元々はケンブリッジ大学には数理学部に入学しており、博士論文でもある最初の著作は『確率論』である。ここにおいてケインズは、確率を数学ではなく論理学の一分野として捉える論理確率主義の立場をとっており、確率や不確実性に関する哲学的問題について広範な 考察を行っている。近年のケインズ研究では、この頃の蓋然性や不確実性全般についての考察が、後のケインズの経済学への考え方に関係していると考えられている。

ケインズは経済学者の中でカール・マルクスに次いで新古典派が嫌う人物とも言われています。ただしケインズはマルクス主義にはまったく賛同を示さず、若い ときに『資本論』を読んだ時は理解不能であったと述べています。ケインズは投資家としても大成功しており、インサイダー情報を当てにせずに、朝起きてベッ ドの中で新聞の金融情報を読み、電話取引を行うという独特の方法で大儲けしています。母校キングス・カレッジの会計係に就くと、カレッジの基金3万ポンド を運用し、38万ポンドに増やしたそうです。またケインズは特異な趣味の持ち主で、人間の手に異常な関心を持ち、自身と妻の手の鋳型を作り、友人達の手の鋳型も収集しようとしました。フランクリン・ルーズベルトとの初会談の際、ルーズベルトの爪の形を気にするあまり、公共事業等について自分が何を話しているのか、ほとんど上の空であったそうです。最期の言葉については、偉人も死ぬ時になれば、少しは不真面目にしておけば良かったと思うものなのでしょうか? 何にせよ奥の深い言葉であります。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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