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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

Stop, Christian Passer-by! - Stop, child of God,
And read with gentle breast. Beneath this sod
A poet lies, or that which once seem'd he. -
O, lift one thought in prayer for S.T.C

道行くクリスチャンよ、神の子よ、歩みを止めよ。
そして温かい心でこれを読んでくれ。この墓の中に一詩人、
または過去に、詩人のようだった者が横たわっている。
ああ、しばし思いをよせてS.T.コールリジのために祈ってくれ

サミュエル・テイラー・コールリッジの墓碑銘。サミュエル・テイラー・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge, 1772年10月21日 - 1834年7月25日)は、イギリスのロマン派詩人であり、批評家、哲学者でもある。ウィリアム・ワーズワースとの共著『抒情民謡集(Lyrical Ballads)』を刊行し、ロマン主義運動の先駆けとなる。イングランド南西部デヴォンシャー州オタリー・セント・メアリーに生まれる。父は教区牧師。1791年にケンブリッジ大学ジーザス・カレッジに入学、チャールズ・ラムらと交わり、政治・宗教における急進的な思想を抱き、素行問題から大学を退学となった。1793年に『モーニング・クロニクル』誌に初めて詩が掲載され、1797年、ワーズワース兄妹と出会い、このことが詩人としての彼の才能を大きく成長させた。このころ『老水夫の歌(The Ancient Mariner)』『クリスタベル(Christabel)』『クーブラ・カーン(Kubla Khan)』など数々の傑作が生まれている。1798年にウィリアム・ワーズワースとの共著『抒情民謡集』で英国ロマン派の詩人としてデビューする。批評家としては『文学評伝』(1817年)を著し、ロマン派の理念を理論化し、「想像力」を定義づけた。ゲッティンゲン大学でドイツ観念論を研究した後、湖水地方に居を構え、その近くに移り住んだワーズワース兄妹との交流を深めた。しかし不安定な生活から身体を壊し、リューマチの治療に使っていた阿片を常用するようになった。1804年から06年にかけてマルタ島で療養するも、効果はなく帰国し、1816年、ギルマン医師の自宅に引き取られて、亡くなるまで看護を受ける。阿片の常用は、一方ではワーズワースとの不和を招いた。帰英後の彼1817年、文学評論の代表作となる『文学的自叙伝(Biographia Literaria)』を発表し、シェイクスピアやミルトンに関する連続講演を行うなど、積極的に活動した。

サミュエル・テイラー・コールリッジは幻想的な作風で知られ、無意識からわき起こって来るイメージを、言葉に直したような、神秘的で怪奇な詩作品を書きました。『クーブラカーン』においては、作者自身が、この作品は麻薬の吸引によって生じた陶酔状態のなかで見た幻覚を、目覚めてから急いで文章にしたものであります。コールリッジは週にアヘンチンキを2クウォーツ(約1・9リットル)も使用していたそうで、こんな無茶な乱用をしていたのでは体を壊しても当然と言えるでしょう。ローマ時代の墓碑銘は墓の多くが道端にあったので、通常、"Siste、viator(Stay、traveler “旅人よ、歩みを止めよ”)"という言葉で始まります。コールリッジの墓碑銘もこの形式となっており、故人に対しての祈りを願う記述になっています。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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