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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

日出づるの邦義方を事とす 
飢えず凍えず星霜を送る 
今宵一死聖明に酬ゆ
二十八年更に長きを覚ゆ

日本の国は正義を専らとする
飢えたり凍えたりせずに月日を送った
今夜私の死によって天子の賢明さに報いよう
二十八歳の若さであったが長かったと思う

楢崎弥八郎の辞世の詩。楢崎弥八郎(1837-1865)は幕末の武士。天保8年7月12日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(藩士。江戸で安積艮斎(あさか-ごんさい)、大橋訥庵(とつあん)にまなび,尊王攘夷の志をいだく。文久3年政務役となり,禁門の変のあと、藩内で幕府恭順派が実権をにぎると捕らえられ、同志とともに元治元年12月19日刑死した。28歳。名は清義。号は節庵。

楢崎弥八郎は甲子殉難十一烈士の一人です。楢崎弥八郎は有名な人ではありませんが、幕末の尊皇攘夷派の人です。彼は禁門の変の責任を取らされ山田亦介・前田孫右衛門・毛利登人・松島剛蔵・大和弥八郎・楢崎弥八郎らと共に斬罪に処されました。辞世の詩には聖明という言葉が使われていますが、これは天子が徳にすぐれて聡明なことであり、ここでは天皇のことです。上手い詩ではありませんが、非常に忠君愛国的な詩です。禁門の変の歴史的な解釈は難しいですし、彼にどのくらい責任があったのかも判じがたいですが、処刑された人の中でも特に若かったので、可哀想ではあります。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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