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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

白露の霜とかはれる今ははや 君が衣手薄くなるらん

白露の霜と変わってしまう今はもはや 主君の衣手が薄くなるだろう

土田衡平の辞世の句。土田衡平(つちだ-こうへい 1836-1864)幕末の武士。
天保7年生まれ。出羽矢島藩(秋田県)藩士。赤坂貞介と名前をかえて水戸の天狗党の挙兵に参加し、幕府および諸藩の兵とたたかう。捕らえられて元治元年11月5日処刑された。29歳。通称は久米蔵。

土田衡平はかなり優秀な人物だったようで、「筑波党中の人材は藤田を第一とし、つぎは土田衡平なるべし。」「土田は筑波党中第一の人物なるべし。」と評されていました。土田は京にいたとき、後に天誅組三総裁の一人となる軍学者藤本鉄石について学び、江戸に帰ってからは古賀謹一郎の門に入り、その学塾久敬舎に学びました。その後土田は天狗党の乱において、田中愿蔵の参謀となりました。田中隊の活躍は、土田の用兵と奇策によるものであるという評がありますが、さすがに略奪・放火はやりすぎです。土田にどのくらい責任があるのかは知りませんが、目的は手段を正当化せず、正義とは結果ではなく過程に宿るものですから、やはり悪党の謗りを免れることは能わないでしょう。土田は助川の戦いで敗れたあと、小舟で仲間と海へのがれましたが台風にあい、漂流の末相馬藩中村にたどりつき、捕らえられて斬刑に処せられました。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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