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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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大和が沈んだ日 

 皆さんごきげんよう。
 稀代の兵器狂いとして立命館戦史研究所を恐怖の坩堝に突き落とし、今日も会計の肺腑を抉る負担をかけている六代目です。
さて、Twitterの方で編集長が知らせてくれましたが、4月8日14時23分は大日本帝国が誇る大戦艦 大和が鹿児島の南西沖合に沈んだ日時です。今から71年前の今日、満載排水量7万2800頓、世界最大の超弩級戦艦は米軍の三個機動部隊による航空攻撃に二時間で沈められたのです。
 このことから何を読み取るかは皆それぞれでしょう。恐竜的進化を遂げ、結局は袋小路へと陥った戦艦が航空機という小人に敗れ去った日という解釈も、決して間違いではないように思います。しかし、私が指摘したいのは終わらせ処を失った戦争ほど質の悪いものはないということです。
 戦局はすでに日本に決定的に不利となっており、太平洋の戦線は分断され、太平洋の島々に展開した帝国軍との連絡は寸断されていました。資源も困窮状態にあり、投入戦力は多くの場合において局地的優勢さえ確保できない状態でした。自分は戦争の中でも兵器一辺倒の人間ですから戦史に関しては多くを語ることはできませんが、誰かが敗戦の責めを負う覚悟で外交交渉を行わざるを得なかったのです。それが実に1945年8月までずれ込んだのは帝国上層部の怠慢と言わざるを得ないように思います。大本営という最高指導部を持ちながら戦争のグランドデザインを誰も描かず、頭を決めることもなく集団で群れて戦争をやった結果が、大東亜戦争の消耗戦だったのです。これらの結果、艦隊特攻という杜撰極まりない作戦に従事させられて大和と矢矧、浜風、朝霜が撃沈されました。また、航行不能に陥った霞、磯風は雷撃処分され、涼月は佐世保まで帰投したものの擱座。艦とともに運命を共にしたり、米軍艦載機の機銃掃射に巻き込まれるなどして、戦死者は実に3721名と言われています。
 大東亜戦争で失われた200万の命に弔いを。そして、今を作ってくれたことに大きな感謝を。我々の生きるこの時代は、先の時代の血と屍の上に成り立っている、そんなことを実感できる日でありますように。
立命館大学戦史研究所 六代目所長 高丘 裕太
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戦史研究所 再稼働のお知らせ 

皆さん、お久しぶりです。
立命館大学戦史研究所はこのたび三回生を中心とするメンバーによって再建され、新たな門出を迎えることとなりました。
関西の戦史界隈が今一つ低調である中で、「我々こそが戦争を研究解明するのだ」という熱い志のもと積極的に活動していきたいと思っています。 
志を同じくする同年代の皆さん、そして今までの戦史研を支えてくださったOB・OGの皆さん、どうか戦史研究所をこれからも暖かく見守っていただきたいと思います。

立命館大学戦史研究所 六代目所長 高丘 裕太

Category: お知らせ

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