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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

後の仕末をよろしく頼みます。菊の花を見ないでゆくのが残念、今日は秋晴れの好天気です。こうした朝に死ぬことを、大変うれしく思います。恐怖も哀傷も、なにもありません。 

古田大次郎の絶筆。古田大次郎(生年: 明治33.1.1 (1900)~没年: 大正14.10.15(1925))。大正期のニヒリズム的な社会運動家。官吏の次男として東京に生まれた。大正6(1917)年麻布中学校卒業後、早稲田大学高等予科、次いで大学部英法科に入学(のち政経学科に転部)、学内の民人同盟会、建設者同盟に参加。10年渡辺善寿,長島新らと小作人社を結成、機関紙『小作人』の編集責任者となる。中浜哲と知り、反逆者クラブ(のちギロチン社)を結成。資金稼ぎの銀行襲撃で一行員を刺殺した小坂事件(1923)、次いで大杉栄たちの復讐を狙った福田雅太郎大将狙撃事件(1924)に関与。東京地裁で死刑の判決を受け、控訴せず刑死した。美しい心で記された回想類はベストセラーになった。

古田大次郎はアナキストでした。彼は農民組織化のため小作人社を作りましたが成果がなかったので、中浜鉄らと共に1922年にギロチン社というテロリストの結社を結成しました。22~24年にかけて、訪日中のイギリス皇太子のテロル計画以後、一連の襲撃事件を起こしましたがいずれも失敗しました。人には色々と主義主張というものがありますが、資金稼ぎの銀行襲撃で一行員を刺殺した小坂事件は、いくら何でもやりすぎです。社会運動家のやっかいな点は、大義のためなら手段を正当化することですが、正義というものは結果ではなく過程に宿るものです。古田はとても良い人であったという人物評が多く残されていますが、良い人なら人を殺し要人暗殺を行って良いという理屈はありません。まあ、同志による評価は話半分に聞いておくべきでしょう。このような大正期の過激な社会運動とその挫折は、日本国民に運動そのものへの失望を感じさせ、大正デモクラシーが終焉すると共に、時代は軍国主義的な様相を呈するようになっていきました。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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