FC2ブログ
08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

生き足りてみまかりし吾の死顔 微笑たたへてとこ静かなり

前田夕暮の辞世の句。前田夕暮は日本の歌人。明治から昭和期にかけて活動した。神奈川県大住郡南矢名村(現・秦野市)の豪農の家に生まれる。 1902年、東北地方を徒歩で旅行。この頃より「夕暮」の号を名乗り、文学に目覚め投稿を開始する。1904年、上京し尾上柴舟に師事、同時期に若山牧水 も入門し、以後、交友が続いた。1909年、文光堂へ就職し『秀才文壇』の編集者となる。竹久夢二と知り合う。1910年、牧水の歌誌『創作』の創刊に編 集同人として参加。栢野繁子と結婚。1911年、雑誌『詩歌』を白日社より創刊。1916年、第4歌集『深林』を刊行した際に、島木赤彦が『アララギ』に て夕暮を批判、赤彦と激しく対立した。1921年、牧水と互いの歌選集を出す。1923年、東海道線小田原付近で北原白秋と再会し、そのまま2人で三浦半 島へ吟行の旅に出る。以後、白秋との交友が続いた。1928年、『詩歌』復刊、口語自由律短歌を提唱。のちに「新短歌」を創刊する宮崎信義が参加。 1942年、定型歌に復帰。1948年、亡き友人・白秋を偲び『白秋追憶』を刊行。この頃より斎藤茂吉との交友が始まる。1949年、持病の糖尿病が悪 化。1951年、年初より重篤となる。4月20日午前11時30分、結核性脳膜炎にて死去。享年69。多磨霊園に葬られる。法号は青天院靜観夕暮居士。

生き足りて死ぬ私のの死顔は 微笑をたたえてとこしえに静かである

この歌は前田夕暮の遺詠「わが死顔」の中の一首です。他にも「雪の上に春の木の花散り匂ふ すがしさにあらむわが死顔は」などの辞世の歌があります。この歌は非常に おだやかな死を詠んだものです。前田夕暮はこの歌を詠んだ時点で死期を悟っていたようで、十分に満足のいく人生を想って詠まれたのでしょう。歌人としても立派に名を成 して死ねたので、思い残すことはなかったのではないでしょうか。
スポンサーサイト



Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://ufononatu.blog10.fc2.com/tb.php/115-351b05a7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)