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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

Hier ruht Heinrich Pestalozzi, geb.
in Zürich am 12. Jänner 1746, gest. in Brugg am 17. Hornung 1827.
Retter der Armen auf Neuhof.
Prediger des Volkes in Lienhard und Gertrud.
Zu Stans Vater der Waisen,
Zu Burgdorf und Münchenbuchsee Gründer der neuen Volksschule.
Zu Iferten Erzieher der Menschheit.
Mensch, Christ, Bürger,
Alles für Andere, für sich Nichts.
Segen seinem Namen!

ハインリヒ・ペスタロッチーここに眠る。
1746年1月12日チューリッヒに生れ、1827年2月17日ブルックに没す。
ノイホーフにおいては貧しき者の救助者。
リーンハルトとゲルトルートの中では人民に説き教えし人。
シュタンツにおいては孤児の父。
ブルクドルフとミュンヒェンブーフゼーとにおいては国民学校の創設者。
イヴェルドンにおいては人類の教育者。
人間、基督者、市民
すべてを他者のために己には何物も。
彼の名に恵みあれ!

ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチの墓碑銘。ペスタロッチはスイスの教育実践家。フランス革命後の混乱の中で、スイスの片田舎で孤児や貧民の子などの教育に従事した。活躍の舞台として、ノイホーフ、シュタンツ、イフェルドン、ブルクドルフが有名である。活躍の場所は、スイス各地にまたがる。基礎的なものから高度なものへという、直観教授、労作教育の思想は、当時のヨーロッパでは高い知名度を持ち、多くの期待を寄せられた。特に当時のドイツからは様々な人物が、教えを乞いに彼のもとを訪れた。なかでも、フリードリヒ・フレーベル、ヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトがその教育史上の意義としては群を抜いて有名であり、また重要である。ペスタロッチの教育の実践は主として初等教育段階のものであったが、それをさらに幼児教育へと応用、展開したのはフレーベルの功績であり、また大学教育の場での教育学へとそれを整理、発展させたヘルバルトの功績も大である。 初等教育のやり方の礎は、ほとんど彼によって築かれたといってもよい。著書に、『隠者の夕暮』(1780年)、『リーンハルトとゲルトルート』(1781-87年)、『ゲルトルートはいかにその子を教えたか』(1801年)、『白鳥の歌』(1826年)などがある。『隠者の夕暮』は、そのタイトルから晩年の遺作のように思われがちだが、初期の教育実践で失敗した後の自己告白である。 また、同時代イギリスで、工場経営者ながら、幼少の子どもの工場労働を止めさせ、性格形成学院を設立した空想的社会主義者であるロバート・オウエンも、彼の学校を訪問したことがある。ペスタロッチはチューリッヒの大学に学び、そこでルソーその他の革新的な啓蒙思想に触れ、政治の改革を求める学生組織「愛国者団」に入る。その後、農業を志し、アンナ・シュルテスと結婚、農業経営のかたわら、貧児・孤児の教育事業に着手する。シュタンツでの孤児救済の活動を経て、1800年ブルクドルフ、1804年、イヴェルドンに学園を開く。学園は、多くの国々から参観の人々が集まり、教育実践研究のセンターとなって、ヨーロッパ、アメリカにペスタロッチー運動が広がる。1825年、弟子たちの内紛から、学園を閉鎖してノイホーフに退き、1827年、ブルックにおいて没す。82歳。

ペスタロッチは欧米や日本の教育に、大きな影響を与えた人です。日本での有名な研究者である広島大学の初代学長を務めた長田新は、ペスタロッチの研究者である以前にその信奉者であり、没後遺言により彼の墓はスイスのペスタロッチの墓の傍らに作られました。ペスタロッチは偉大な教育者であり思想家でしたが、その人生は挫折が多く、経営者としての能力に欠けたため、せっかく作った学校が閉鎖されるという憂目に何度もあいました。ペスタロッチは、子どもたちに経済的な自活の能力をつけさせ、健全な家庭生活が営まれることによって、道徳的な人間が育成されると考えました。彼は道徳的な人間を育てる基盤として、家庭生活の大切さを説いた最初の人です。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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コメント

No title

立命館大学の末川博名誉総長が、とある新聞の取材でのこと。「ほんとうの教育者は誰でしょう?」という問いを受けて、西欧における例として名前を挙げたのが、ペスタロッチでした。

ちなみに、日本における例として、吉田松陰を挙げているのが面白いところです。

(末川博「教育者としての吉田松陰」『吉田松陰全集』月報9 大和書房、昭和49年にて)

通りすがりの立命生 #- | URL | 2012/02/24 15:08 [edit]

No title

コメントありがとうございます。あなたは部外者で初めてこの企画にコメントしてくれた人です。吉田松陰の辞世の句もいずれ取り上げますので、よろしければこれからもこのコラムをお読みください。

#- | URL | 2012/02/26 23:42 [edit]

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