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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

たましいのちり際も今一葉かな

羽川珍重の辞世の句。羽川珍重は江戸時代初期の浮世絵師。鳥居清信の門人。姓・真中、通称・太田弁五郎。画姓を羽川といい、絵情斎、珍重、冲信、 元信と号す。武蔵国川口(現・埼玉県川口市)の生まれ。後に、江戸・下谷に住んだ。幼い時に、清信に絵を学び、遊女評判記、役者評判記、六段本、赤本を描 いた他、一枚摺の墨摺絵、丹絵を10数点及び、数点の肉筆浮世絵を残す。画風は、鳥居派のものより、幾分柔らかい。生涯、妻を娶らず、武道をたしなみ、常 に言行を慎み、遊山、舟遊びの際にも肩衣を脱がない、といった、浮世絵師には珍しい人物であった。また、絵をもって生活をしていたが、気が向かなければ描 かないため、書肆も大いに持て余したといわれる。後に、仏門に入り、三同宣観居士と称した。代表作として、享保7年(1722年)の役者評判記「役者芸品定」、延享2年(1745年)作画の肉筆画「風俗図」(紙本着色)が挙げられる。この「風俗図」は、彦根屏風に描かれた二人の人物を忠実に写し取っており、珍重の画技の高さを示す、優れた模写本といえる。他にも大判の一枚絵には「江戸町西田屋内ここのゑ」などがある。また、晩年、自画の絵馬を川口の稲荷五社に奉納、自画像と小引(しょういん、短い序文)1巻を子孫に 残したが、他の物は火災により焼失したといわれる。下総国葛飾郡川津間の郷士、藤沼氏の家にて没した。享年76。

羽川珍重は世界的に見ても珍しい、真面目な人生を送った画家です。画家とか芸術家というと大概破滅的な生活を送った人が多いのですが、このひとは 例外中の例外でしょう。その代わり気難しい人ではあったようですが。句の方は彼の性格を反映してか、潔いものとなっています。自分の死に際のようなものを悟っていたのでしょう、あっさりしていますが味わい深い句です。死につつある自分の魂を、木の葉一枚に例えると言うのは、相当な芸術的センスだと思います
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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