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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

命をもおしまざりけり梓弓 すゑの世までも名の残れとて

別所友之の辞世の句。戦国時代後期・安土桃山時代の武将。別所安治の次男。通称彦進。兄に別所長治、弟に別所治定がいる。若年でありながら、勇猛で近隣に勇名を轟かせる。兄の長治に従い、織田信長に反抗する。しかし、長治から命を受けて宮の上の構えを守っていたが、羽柴秀吉の軍勢に攻め込まれ、善戦するも空しく、長治ら3200の兵が籠る三木城に合流した。 しかし、1580年に味方は降伏。友之は17歳の妻を先に刺殺し、長治の脇差で切腹自害した。享年21。『信長公記』では長治と友之の享年をそれぞれ26、25としている。

命さえ惜しまなかったあずさ弓 世の末まで名が残れと

梓弓とは元々は、神事などに使用されるアズサの木で作られた弓のことで、材質に関わらず弓のことを梓弓と呼ぶこともあります。古くは神事や出産などの際、魔除けに鳴らす弓(鳴弦)として使用されることもありました。枕詞としての梓弓は春(張る)、引くなどを導く。 ほかにも、いる、はる、本、末、弦、おす、寄る、かへる、ふす、たつ、矢、音などの語句を導きます。一般的には武士の象徴と言えるでしょう。この歌は力の限り戦ったことを詠んだ歌になっていますが、三木合戦は羽柴秀吉による「三木の干殺し」と呼ばれる兵糧攻めにより、最終的には城兵の命を助けるという条件で城主一族が切腹し、1年10ヶ月に及ぶ篭城戦は終了しました。やはり兵糧が尽き果て、思うように戦えずに負けたことの悔しさがあったのでしょう。友之の妻は「たのめこし後の世までに翅をもならぶる鳥のちぎりなりけり」という辞世の句を残しています。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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