FC2ブログ
05 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: スポンサー広告

tb -- : cm --   

今日の辞世の句 

これでよし 百万年の 仮寝かな

大西瀧治郎の辞世の句。大西瀧治郎は旧日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。兵庫県氷上郡芦田村(現・丹波市青垣町)出身。海軍兵学校第40期生。幼い頃よ り、日露戦争の軍神・広瀬武夫に憧れて海軍を志し、旧制柏原中学校を卒業後、海軍兵学校へ入学した。海兵40期卒業。兵学校卒業後は海軍少尉に任官され、砲術学校、水雷学校を経て1916年横須賀航空隊付きで航空へ進む。1918年(大正7年)にはイギリスへ留学、帰国後の1921年(大正10年)、海兵40期同期の千田貞敏、吉良俊一らと共に選抜され、センピル教育団の講習に参加した。その後は海軍航空隊の養成に尽力した。真珠湾攻撃の作戦計画の原案を作成したのも大西である。連合艦隊司令長官山本五十六に非常に信頼されていた彼は、第十一航空艦隊参謀長であった1941年1月下旬、山本から「ハワイを航空攻撃できないか」という腹案を示され、基本計画作成の依頼を受けた。大西は「特攻生みの親」として有名ではあるが、パイロット育成には時間と金と労力がかかることをよく理解しており、特攻作戦のために貴重なパイロットを損失することに対して否定的であり、特攻作戦採用に際しては初期の段階では否定していた。1945年5月、大西は海軍軍令部次長に起用された。 大西は軍令部着任後は機帆船での逆上陸構想を推進していた。富岡によれば軍令部では大西だけが熱心であったという。大西は「二千万人の男子を特攻隊として繰り出せば戦局挽回は可能」という二千万特攻論を唱えて豊田副武軍令部総長を支えて戦争継続を訴えた。日本の敗戦を見とどけると、8月16日、「特攻隊の英霊に曰す」で始まる遺書を遺して割腹自決。遺書には特攻で散華した兵士達への謝罪と共に、生き残った 若者に対して軽挙妄動を慎み日本の復興、発展に尽くすよう諭している。自決に際してはあえて介錯を付けず、また「生き残るようにしてくれるな」と医者の手当てを受けることすら拒み、特攻隊員にわびるために夜半から未明にかけて半日以上苦しんで死んだという。享年54。

特攻隊の指揮をとったことは、彼にとってかなりきつかったのだと思います。関係者は大西について「もし(特攻作戦を行って)戦争に勝っていたとしても彼は自決していただろう」と言っています。戦後の評価では大西が特攻を行うには、上層部の承認や指揮官の協力があったはずなのに、全て責任が大西に押し付けられているとも言えます。大西の人柄は腹の据わった押しの強い闘志満々の士と評判であり、常に陣頭に立ち下から慕われていました。 智勇に優れた山本五十六と似た気風を持っていたようで、机上の空論や口先だけの人か、実力あり腹据わり信頼置けるかが好き嫌いの基準であったそうです。とはいえ大西が終戦間際にも、戦争と特攻隊の継続を訴えたのはまた事実ですので、そのあたりも評価の分かれるところでしょう。大西の最期については次のような話が残されています。終戦も近い頃、内閣書記官長・迫水久常が書記官室で執務をしていた時、不意に大西が来訪してきました。当時の大西は和平反対論者として様々な妨害工作を行っていましたので、迫水も自分を脅迫しに来たのだろうと構えていましたが、大西は席に座るなり訥々としゃべりだし、「我々は今回の戦いにおいて劣勢を覆すべく、様々な努力をしてきた。しかし、やることなすこと全て誤算と敵に裏をかかれる失態をさらすだけの結果となり…挙句そのつけを若い人達、国民に強いている。……我々は甘かった。本当に甘かった…。」と苦悶の表情を浮べながら話し、最後に「……何か良い考えはないですか……。」と静かに半ば憔悴しきった顔になって部屋を出て行ったそうです。大西が割腹自決を遂げたのはそれから2ヶ月後のことでした。
スポンサーサイト

Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://ufononatu.blog10.fc2.com/tb.php/190-75b6ae92
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。