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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

ぼくは神の手に”あるいは悪魔の手に”打ち倒されました

田中英光の最期の言葉。田中英光は日本の作家。無頼派として知られる。出方名 英光(でかたな ひでみつ)という筆名もあるが、これは身長180センチの巨体だったところから「でかい田中」と呼ばれていたのを縮めた名前である。高知県出身の歴史家岩崎鏡川(英重)の息子として東京府東京市赤坂区榎坂町(現・東京都港区赤坂)に生まれ、岩崎家から母の実家田中家に入籍。駐在員として派遣された当時の朝鮮での体験、実兄の影響で入党した共産党での体験、愛人との新宿での生活が文学の背景にある。太宰治に弟子入りした。太宰治の『お伽草紙』の「カチカチ山」に出てくるタヌキは英光がモデルではないかと言われている。太宰の自殺に大きな衝撃を受け、睡眠薬中毒と化し以降無頼に走る。1949年11月3日、三鷹市の禅林寺の太宰の墓前で自殺する。

この人はロサンゼルスオリンピックにボート競技で出場したほど体が丈夫な人でしたが、精神の方はもろかったようです。三島由紀夫は太宰治の影響で、頑強な体を持つ田中英光が自殺したことを「弱い者が強い者を苛めた」と評しましたが、実際のところはかなり繊細な人だったようです。この言葉は自殺したときに持っていた太宰全集に書かれていた言葉ですが、死を前にして田中英光が見た、神の手もとい悪魔の手とは何だったのでしょうか?
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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まとめtyaiました【今日の辞世の句】

ぼくは神の手に”あるいは悪魔の手に”打ち倒されました田中英光の最期の言葉。田中英光は日本の作家。無頼派として知られる。出方名 英光(でかたな ひでみつ)という筆名もあるが、これは身長180センチの巨体だったところから「でかい田中」と呼ばれていたのを縮めた名?...

まとめwoネタ速neo | 2012/05/20 03:44

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