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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

今日も暑くなりそうね。こんな暑い日にお葬式を出すと、来てくださる方に迷惑ね。

いわさきちひろの最期の言葉。こどもの水彩画に代表される福井県武生市(現在の越前市)生まれの日本の画家・絵本作家である。つねに「子どもの幸せと平和」をテーマとした。夫は日本共産党元国会議員松本善明。1918年、雪の降る師走の朝にちひろは三姉妹の長女として生まれた。岩崎家は当時としては非常に恵まれた家庭であり、ラジオや蓄音機、オルガンなどのモダンな品々があった。父・正勝はカメラも所有しており、当時の写真が数 多く残っている。こども向けの本も多くあったが、それらはちひろの気に入るものではなかった。ある時隣の家で絵雑誌「コドモノクニ」を見かけ、当時人気のあった岡本帰一、武井武雄、初山滋らの絵に強く心を惹かれた。ちひろは幼少から絵を描くのが得意で、小学校の学芸会ではたびたび席画(舞台上で即興で絵を 描くこと)を行うほどだった。女学校二年(14歳)の三学期、母・文江はちひろの絵の才能をみとめ、岡田三郎助の門をたたいた。ちひろはそこでデッサンや 油絵を学び、朱葉会の展覧会で入賞を果たした。ちひろは女学校を卒業したのち、岡田の教えていた美術学校に進むことを望んだが、両親の反対にあって第六高 女補習科に進んだ。18歳になるとコロンビア洋裁学院に入学し、その一方で小田周洋に師事して藤原行成流の書を習い始めた。1939年(20歳)4月、三 人姉妹の長女だったちひろは両親の薦めを断り切れずに婿養子を迎えることになった。相手の青年はちひろに好意をもっていたものの、ちひろのほうではどうしても好きになれなず形だけの結婚であった。6月にはいやいやながら夫の勤務地である満州・大連に渡ったが、翌年、夫の自殺という不幸な結果により帰国する ことになった。ちひろは二度と結婚するまいと心に決める。帰国したちひろは中谷泰に師事し、再び油絵を学び始めた。再度習い始めた書の師、小田周洋は絵ではむりでも書であれば自立できると励まされて書家をめざした。1946年(27歳)1月、宮沢賢治のヒューマニズム思想に強い共感を抱いていたちひろは、戦前、戦中期から一貫して戦争反対を貫いてきた日本共産党の演説に深く感銘し、勉強会に参加したのち入党した。5月には党宣伝部の芸術学校で学ぶため、両 親に相談することなく上京した。1949年(30歳)の夏、党支部会議で演説する青年松本善明と出会う。彼らは党員として顔を合わせるうちに好意を抱くよ うになり、ある時ちひろが言った何気ない言葉から、二人は結婚する決心をした。翌1950年1月21日、レーニンの命日を選び、彼らは二人きりのつつましい結婚式を挙げた。ちひろは31歳、善明は23歳であった。1963年(44歳)、雑誌「子どものしあわせ」の表紙絵を担当することになったことがその後の作品に大きく影響を与える。「子どもを題材にしていればどのように描いてもいい」という依頼に、ちひろはこれまでの迷いを捨て、自分の感性に素直に描いていく決意をした。当時の日本では、絵本というものは文が主体であり、絵はあくまで従、文章あってのものにすぎないと考えられていた。至光社の武市八十雄 は欧米の絵本作家からそうした苦言を受け、ちひろに声をかけた。二人はこうして新しい絵本、「絵で展開する絵本」の制作に取り組んだ。そして1968年 『あめのひのおるすばん』が出版されると、それ以降ほぼ毎年のように新しい絵本を制作した。中でも1972年の『ことりのくるひ』はボローニャ国際児童図 書展でグラフィック賞を受賞した。ベトナム戦争の中での子どもたちを描いた1973年の『戦火のなかの子どもたち』がちひろ最後の絵本となった。 1973年秋、肝臓癌が見つかる。1974年8月8日、原発性肝臓癌のため死去。

いわさきちひろは日本の画家、絵本作家としては最も有名な人の一人でしょう。この人の描いた水彩画は誰でも一度は見たことがあると思います。最期の言葉は謙虚なものですね。人柄があらわれた言葉だと思います。彼女の業績を保存するために、1977年に日本で初めての絵本美術館である、いわさきちひろ絵本美術館(後のちひろ美術館・東京)が開館し、1997年には二つめの美術館である安曇野ちひろ美術館を開館しています。これらの美術館は、散逸しやすい文化財である絵本原画を世界各地から収集・保管し、一般に公開する活動を行っています。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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まとめtyaiました【今日の辞世の句】

今日も暑くなりそうね。こんな暑い日にお葬式を出すと、来てくださる方に迷惑ね。 いわさきちひろの最期の言葉。こどもの水彩画に代表される福井県武生市(現在の越前市)生まれの日本の画家・絵本作家である。つねに「子どもの幸せと平和」をテーマとした。夫は日本共産?...

まとめwoネタ速neo | 2012/06/24 03:59

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