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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

Végre nem butulok tovább

I've finally stopped getting dumber.

私は最終的に口がきけない者になるのをやめた

ポール・エルデシュの墓碑銘。ポール・エルデシュはハンガリーのブダペスト出身の数学者。生涯に約1500篇もの論文(多くは共著)を発表しており、これ以上に多数の論文を発表した数学者は18世紀最高の数学者と呼ばれているレオンハルト・オイラーのみである。プリンストン大学、ノートルダム大学などで教職に就いた。数論、組合せ論、グラフ理論をはじめ、集合論、確率論、級数論など幅広い分野で膨大な結果を残した。グラフ理論・数論などにおける確率論的方法、組合わせ論の種々のテクニックは著しく、特にセルバーグと共に素数定理の初等的な証明を発見したことは有名である。彼の数学は、次々に問題を考えてはそれを解くという独特のスタイルであったが、彼が発する散発的な問題が実際には理論的に重要なものであったり、あるいは新しい理論の発展に非常に重要な貢献をした例も少なくない。彼の伝記(邦題『放浪の天才数学者エルデシュ』)には「博物館に行っても付いていくのは彼の体だけだった」等、数学への情熱を具体的に示すような記述が多くあり、彼がいかに純粋な研究者であったかが伺われる。いつ寝ているか分からないほど数学に没頭していたらしく、一日19時間数学の問題を考えていたと言われている。これほどの長時間を研究に割けた背景として、アンフェタミンを常用していたということが挙げられる。中毒ではなかったようで、一度友人と賭けをして服用を断ってみせたこともあるが、その間研究は全く進まなかったそうである。生涯のほとんどを旅に過ごし、行く先々でいろいろな数学者たちと研究し共著で論文を発表することを好んだ。彼と共同研究をした数学者達は、エルデシュへの敬意と、軽いユーモアを込めてエルデシュ数をつくった(もとはどうやら友人の数学者ロン・グラハムによるものらしい)。それによれば、まずエルデシュ自身のエルデシュ数を 0 とする。彼と直接共同研究した研究者はエルデシュ数が 1 になり、エルデシュ数が n の研究者と共同研究した研究者は n + 1 のエルデシュ数を持つ。エルデシュ数 1 の数学者は、2007年2月28日の時点で511人いるとされる。

ポール・エルデシュはハンガリー人なので、元の墓碑銘もハンガリー語なのですが、ハンガリー語は僕も読めません。ですので英訳を探してきたのですが、これは研究発表ができなくなったことについて、述べているのだと思われます。ちょっと抽象的な言葉ですが、生涯を数学の研究に捧げた人らしい墓碑銘であると思われます。彼にとって数学の研究を発表することは、言葉を話すことに等しいことだったのでしょう。エルデシュ数はエルデシュの書いた論文が非常に多かったことから、友人たちによって敬意とユーモアを込めて考え出されました。今日では科学者のコミュニティにおいてよく知られており、エルデシュと近いことが名誉であるかのように半ば冗談めいて語られています。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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