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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

You take me back to Eagle Bridge and you'll get back your stethoscope.

(内科医の聴診器を取って)
私をイーグル・ブリッジに帰してくれたら、あなたの聴診器を返してあげる

アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスの最期の言葉。アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスはアメリカ人なら誰もが知る国民的画家。通称グランマ・モーゼス(モーゼスおばあちゃん)。本格的に筆を握ったのは実に75歳の頃であった。緑の畑や牧場で楽しそうに働く農民や田園生活風景などのフォークアートを描いた。ニューヨーク州グリニッチの貧しい農家に生まれたモーゼスは12歳から奉公に出て、27歳で結婚。しかし子供を産んでも働き詰め。子供が10人できたがそのうち5人は幼児期に夭逝。70歳で夫を亡くす。バーモント州ベニントンへ移り住み、リュウマチで手が動かなくなってからリハビリをかねて油絵を描き始めた。絵を描き始めて3年後、ひとりのコレクターが彼女の絵に目をつけ、1940年に80歳にて個展を開く。この個展に大手でデパートが注目して一躍名画家となる。89歳の時には当時の大統領ハリー・S・トルーマンによってホワイトハウスに招待されるほどである。101歳で死去するまで約1600点の作品を残した。

グランマ・モーゼスはアメリカの国民的画家ですが、誰かに絵を習ったこともなく本格的に絵筆を取ったのは75歳ころだったそうです。ドラッグストアのショウ・ウィンドウに飾られていた彼女の絵をある絵画収集家が偶然見たことにより、1940年には80歳のときに初めて個展を開くことになりました。その後「ライフ」や「タイム」「ニューヨーク・タイムズ」などの表紙を飾るほどの人気を得て、当時の大統領であったトルーマンにはお茶に招かれ、アイゼンハワー大統領からは星条旗を贈られ、ケネディ大統領とは文通をしましたが、有名になってからも、それまでのつつましい生活態度を変えず、アトリエを持つことさえなかったそうです。グランマ・モーゼスが描いたのは、アメリカの東部の農村の生活や行事、労働風景や結婚式など、古き良きアメリカの田舎の風物でした。自叙伝『モーゼスおばあさんの絵の世界―田園生活100年の自伝』の最後は、「わたしの生涯というのは、一生懸命に働いた一日のようなものでした。」という言葉で終わっています。グランマ・モーゼスが亡くなった時、ケネディ大統領は “Her work and life recall the roots of our nation in the countryside. All Americans mourn her loss.”(彼女の作品と人生は我々の国の根源が田舎にあるということを思い出させてくれる。全ての国民は彼女が亡くなったことを悲しむ)と述べました。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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