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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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近江を歩く 

8月2日に試験が終わったので、3日は近江をふらりと歩いてきました。名目上は、遠山美都男『壬申の乱―天皇誕生の神話と史実』 (中公新書、1996年)を読む上でのフィールドワークという形でしたが、京阪の、ちはや電車の登場で、完全にちはや一色になった感。

壬申の乱―天皇誕生の神話と史実 (中公新書)壬申の乱―天皇誕生の神話と史実 (中公新書)
(1996/03)
遠山 美都男

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夏の昼下がり、浜大津着。

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眼前に広がるのは琵琶湖。

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そして、ちはやふる電車の登場でちはやふる一色に。

京阪×ちはやふる

実際に観ると実に鮮やかで素敵。外も中もちはや一色。二両の電車はそれぞれ側面が春夏秋冬のイラストなので季節を通じて楽しめるのだ。

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京阪×ちはやお京阪×ちはや


このちはやふる電車の素敵なところは、電車に乗りながら百人一首のお勉強が出来るということなのだ。
さすが、

―大津で『かるた』に恋をする―「ちはやふる・大津」キャンペーン


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どうやらそういう本があるらしい。

ちはやと覚える百人一首 「ちはやふる」公式和歌ガイドブックちはやと覚える百人一首 「ちはやふる」公式和歌ガイドブック
(2011/11/10)
末次 由紀、あんの 秀子 他

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そういえば、小学校や中学生の時に国語の時間に覚えさせられましたよね。「伝統的な言語文化に関する指導」を重視するというのがどうやら今の文科省の方針らしい。

  
古文や漢文等の伝統的な言語文化は,創造と継承を繰り返しながら形成されてきました。新学習指導要領では,改正教育基本法において伝統や文化に関する教育が重視されたことを踏まえ、伝統的な言語文化を小学校低学年から取り上げて親しむようにし,我が国の言語文化を継承し,新たな創造へとつないでいくことができるよう内容を構成しています。

小学校では,例えば,低学年では昔話や神話・伝承など,中学年では易しい文語調の短歌や俳句,慣用句や故事成語,高学年では古文・漢文などを取り上げています。なお,伝統的な言語文化に関する指導については,第1学年から第6学年までの各学年において継続して指導し,古典に親しめるよう配慮することが必要です。

また、中学校では,生徒が古典に一層親しめるようにするとともに,我が国に長く伝わる言語文化について関心を広げたり深めたりすることを重視して指導するようにします。そのために,例えば,第1学年では文語のきまりや訓読の仕方を知って音読すること,第2学年では古典に表れたものの見方や考え方に触れること,第3学年では歴史的背景などに注意して古典を読むことなどを取り上げています。教材については,生徒が古典の文章の内容を概括したり古典の文章に関する様々な事柄に触れたりすることができるよう,古典の原文だけでなく,分かりやすい現代語訳や古典の世界について解説した文章などを適切に取り上げることが必要です。                         
文部科学省のサイトより引用_傍線引用者


個人的には、国語の時間にですね、先生に「百人一首覚えてこい。今度の定期試験に出す。」とか言われ、覚えさせられた記憶があります。暗記カードを作ってですね、まあ、結局、私は記憶力が病的に弱かったので覚えきれませんでしたが。話を聞く限り、ラボメンたちも似たような経験をお持ちのようで。

個人的には実に苦痛な体験でしたけれど、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」(教育基本法の第二条第五項)を目的とした改正教育基本法施行にコミットする形で私の悲劇体験が再生産されないことを願います。

文科省のHPをみると、そこに「国語教育の中で歴史教育」を求めるような文脈を見つけることができる。それはとても素敵なことで、個人的にただ苦痛暗記体験だった体験を思えば、大いに共感しつつ、そして同時にそんなこと出来るんですかとシニカルな気分になりつつ。本来、そんなことは大学でやればいいんじゃないかと思ってみたり。

「そのための文学部です。」(CV立木文彦)

ちなみに、平安文学を考える上でその歴史的背景をざっとみるなら、保立道久『平安王朝』(岩波新書、1996年)が個人的にオススメです。(もっとも、保立先生の著書は、文学ではなく史学的にみれば、「都市王権」という観点が特異というか肝で、これをどう理解するかというのが色々考えさせられますけれど)

平安王朝 (岩波新書)平安王朝 (岩波新書)
(1996/11/20)
保立 道久

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「歴史学」の立場からの「百人一首」というと、『百人一首の歴史学』とかいう、そのまんまなタイトルの著書があります。

百人一首の歴史学 (NHKブックス)百人一首の歴史学 (NHKブックス)
(2009/09)
関 幸彦

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「百人一首」の撰者たる藤原定家とその時代の歌人たちにとって、『古今和歌集』に代表される平安王朝の時代はどのように映じていたのか。当然ながら、歌人たちの選択や配列もふくめ、「百人一首」には定家自身の編纂意図が投影されているわけだが、定家個人の意思を超えて「鎌倉時代」が「平安時代」をどうみていたのか、という問題が浮かび上がってくるのではあるまいか。(関 2009、p10-11)


筆者は冒頭、このような問題提起をし、「定家にとって、『百人一首』とは、王朝の記憶を汲み上げる営みだったと考えたい」(関2009、p11)という見通しを示した上で、歴史学の立場から独自の「百人一首」論を展開します。基本的にそれぞれの歌の背景や作者の紹介ですが、最終章Ⅵの「『百人一首』に時代をめくる」は、非常に興味深かったです。

章冒頭で、筆者は本章の目的を、「近代にいたるそれぞれの時代の『百人一首』観」(p174)を問うことにあると言い、それは「各時代における王朝文化への認識の在り方」(同)のシノニムだと言う。

〝~抄〟、〝~注〟と表現される数多くの「百人一首」の注訳書の登場は、室町期を中心とする〝中世の秋〟の産物だった。一般にこうした注訳書の出現は和歌の文化力を衰退させたとされるが、それは表面的な見方に過ぎない。定家化した注釈学が潜在力となり、近世以降の百人一首学の収穫につながったことも否定できないからだ。(関2009、p176)


と述べ、「『応永抄』から始まり、『宗祇抄』そして『幽斎抄』にいたる『百人一首』の注釈学の流れの中で」(p176-177)、中世後期以降、「百人一首」というものが「聖典化」された事を指摘し、その後の展開を筆者は近世の「学統の広がり」(p181)にみる。

また、「近世江戸期の『百人一首』は古注の注釈学を軸に展開した。国学はそうしたアカデミックな場面を提供したことになるが、文化の広がりという面では、庶民の各時代に対応した『百人一首』の世界も登場する」(p184)という筆者は、江戸時代を「百人一首」という古典のある種の「大衆化」のメルクマークして捉えています。そして、西村茂樹撰「新撰百人一首」(明治16年)や大町桂月「百人一首一夕話に冕す」(明治44年)、さらには子規などを例に挙げながら、明治以降の「百人一首」観について、「文明主義から文化主義へのシフト」(p197)(=伝統的家風への批判、王朝的気風を非とする時代風潮)という文脈にその変化をみますが、筆者の言う、「文化主義にともなうナショナリズム」や「文明主義のインターナショナリズム」といった概念がどういうものなのか、教育基本法の改正という文脈から百人一首の話を考えた手前、気になるには気になるところで。この辺は、今後、ちはやふるでも観ながらじっくり考えてみたいテーマでもあります。

それにしても、「近世」から「近代」の「百人一首」観を通して、その時代の「恋愛観」の変化というものが垣間見れるという指摘は面白いと思います。そういったある種、一見すると普遍的な文学的モチーフとなりうるような観念(実際、そうであるが)の時代的有り様とは何であるかという点。これも、普遍と特殊をめぐるキーワードの一つです。前に戦史研で、与謝野晶子と大町桂月の論争について議論のテーマになったことがありました。これは日露戦争を巡ってよく言われるテーマであり、余りに有名なものですけど、ラボメン同士の議論の中で、「歌謡論としては、『歌には歌の世界がある』と言った晶子の方が勝っている」という意見や、「文学と戦争というものを考えてみるべきでは」という意見や、様々な意見が出ました。「戦争」というもの一つとっても、文学か史学かによって、また時代によって、どう捉えられてきたのかというのは興味深いテーマで、従来から戦史研の課題の一つです。そこに今ひとつ、「文化」や「伝統」というものをどう考えるか(どう考えられてきたのか)という視点を提供してくれた点では、今回の散策も、遠山先生の著書の読書という当初のテーマからはそれたものの、「ちはやふる電車」も満更でもなかったか、という気もします。

ちなみに、定家については五味文彦『藤原定家の時代』(岩波新書、1991年)なんかが面白いです。

藤原定家の時代―中世文化の空間 (岩波新書)藤原定家の時代―中世文化の空間 (岩波新書)
(1991/07/19)
五味 文彦

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そして、そのちはや電車でも紹介されていた石山寺へ。

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石山寺と言えば、『源氏物語』で有名。紫式部の銅像もあります。

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先程の「大衆化」「江戸時代」という話で言えば、『源氏物語』というのが広く普及するのも江戸時代ですよね。マイケルエメリックが立命館大学の大学院で学んでいた時のテーマがそういう話だったようですが。

浮世絵なんかで紫式部が描かれる時って、なぜか、大抵、湖と月とセットになっているみたいです。

紫式部

これがどういう意味なのか、調べてみなければよくわかりませんけど、なるほど、確かに北村季吟の注釈書も『湖月抄』です。それは兎も角、ずっと気になっていたのは、石山寺から果たして琵琶湖は見えるのだろうかという事で。早速、石山寺に着くなり、月見亭に行ってみました。

琵琶湖の方を眺めてみると…

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ああ、確かに見えなくもないか…。いや、どうだろう。

石山寺には唯一その確認のために行ったので、その後、近江神宮へ。三井寺に行く予定が、とあるハプニングでスルー。実に残念です。

帰りに、ちはや電車とガンダム電車の謎のコラボが見れたのは良かった。

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ちはやふるの聖地です。



その後、坂本へ。

日吉大社は比叡山と一緒に何回か行っているのでスルーをして、一つ駅を戻ってから歩いて坂本城跡へ。

跡も何も、なんもありませんでした。

取り敢えず、滋賀県は、彦根城くらいしか行ったことがなかったので、歩けて良かったです。まるで、ちはやふるの聖地巡礼イベントみたいになりましたけど、楽しかった。

今度は、大和地方を歩いてみたいと思います。

吉野はもう行ったので、飛鳥辺りを歩きたいと思います。次は「伏見」なので、次次回くらいに。取り敢えず、それまでの事前学習としては、さしあたり、

日本古代国家の成立 (講談社学術文庫)日本古代国家の成立 (講談社学術文庫)
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辺りを読んでおくということで。今回は、急だったのでしおりが作れませんでしたけど、大和紀行の時は、吉野同様にちゃんとしおりも作ろうと思います。

所長
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