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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

I am ready to die for my Lord, that in my blood the Church may obtain liberty and peace.

私は主のために死ぬ準備はできています、私の血によって教会は自由と平和を手にするでしょう。

トマス・ベケットの最期の言葉。トマス・ベケットは、イングランドの聖職者でカンタベリー大司教(在任:1162年 - 1170年)。当初はイングランド王ヘンリー2世に大法官として仕えた。しかし、大司教に叙階された後は教会の自由をめぐってヘンリー2世と対立するようになり、ヘンリー2世の部下の手で暗殺された。死後2年経ってから、殉教者としてカトリック教会より列聖された。ヘンリー2世の長男若ヘンリー王の家庭教師でもあり、この暗殺事件が後の若ヘンリー王の反乱の遠因にもなった。

イングランド王ヘンリー2世は王による教会支配を強化しようとしましたが、かつて大法官としてヘンリー2世に仕え、腹心とも呼ばれたトマス・ベケットは、教会の自由を唱え事あるごとに王と対立しました。ヘンリー2世は特に裁判制度の整備を進める上でクラレンドン法を制定して、「罪を犯した聖職者は、教会が位階を剥奪した後、国王の裁判所に引き渡すべし」と教会に要求しましたが、ベケットはこれを教会への干渉として拒否したため、1170年、王が大司教暗殺を望んでいると誤解した4人の騎士がベケットを暗殺しましたが、人々はベケットを殉教者と見なし、ローマ教会は即座にベケットを列聖しました。このことによりヘンリー2世の立場は非常に悪くなり、修道士の粗末な服装でベケットの墓に額ずき懺悔をするとともに、教会への譲歩を余儀なくされました。トマス・ベケットはカンタベリー大聖堂の祭壇の前で殺されましたが、今も殺害された場所には殉教の碑が建てられています。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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