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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

mè mou tous kuklous taratte (Μη μου τους κύκλους τάραττε)

Noli turbare circulos meos

Do not disturb my circles

私の図形をこわさないでくれ(私の円を踏むな)

アルキメデスの最期の言葉。アルキメデス古代ギリシアの数学者、物理学者、技術者、発明家、天文学者。彼の生涯は全容を掴めていないが、古典古代における第一級の科学者という揺ぎ無い評価を得ている。彼が物理学にもたらした革新は流体静力学の基礎となり、静力学の考察はてこの本質を説明した。彼は革新的な機械設計にも秀で、シージ・エンジンや彼の名を冠したアルキメディアン・スクリューなどでも知られる。また、数々の武器を考案したことでも知られる。一般には、アルキメデスは史上まれな偉大なる古代の数学者という評価を受けている。級数を用いて放物線の面積を求める取り尽くし法、円周率の近似値計算、彼の名で「アルキメデスの螺旋」とも呼ばれる代数螺旋の定義、回転面の体積の求め方や、大数の記数法も考案している。アルキメデスはシラクサの戦いにおいて、彼には危害を加えないよう命令が下されていたにも関わらず、共和政ローマの兵士に殺害された。マルクス・トゥッリウス・キケロがアルキメデスの墓を参った言い伝えによると、彼の墓は球面に外接する円柱を象っていた。アルキメデスは、球とそれに外接する円柱は、体積の比と表面積の比がどちらも 2:3 であることを立証しており、彼自身この証明が最も成果があるものと見なしていた。発明した品々とは異なり、アルキメデスの数学に関する記述は古代においてほとんど知られていなかった。アレクサンドリアから伝わった数学は多くアルキメデスを引用していたにも関わらず包括的に纏められなかったが、530年にミレトスのイシドロスが編集し、6世紀にはアスカロンのエウトキオスの著作が広く読まれ、初めて一般に知られるようになった。これらもまた中世までに廃れたが、ルネサンス期には多くの科学者に発想の元を提供する役目を持ち、1906年に発見されたアルキメデス・パリンプセプトからは、彼が得た数学的帰結に至る、知られていなかった洞察の過程についての情報を得ることができた。アルキメデスは紀元前287年、マグナ・グラエキアの自治植民都市であるシシリー島のシラクサで生まれた。アルキメデスは紀元前212年、第二次ポエニ戦争のさ中にローマの将軍マルクス・クラウディウス・マルケッルスが率いる軍隊が2年間の攻城戦を経てシラクサを占領した年に死んだ。プルタルコスが記した俗説によると、まさに街が占拠された時アルキメデスは砂の上に描いた数学図形について熟考していた。ローマの兵士はアルキメデスをマルケッルスの元へ連行するよう命令を受けていたが、アルキメデスは思案中だとこれを拒絶した。これに兵士は激高し、剣をもって彼を殺した。プルタルコスは、この殺害は連行される前の出来事だった可能性も示唆しており、この逸話によると、アルキメデスは製図器械を運んでいたところ、これを金目のものと見た兵士によって殺されたという。マルケッルス将軍はアルキメデスを有能な科学者と知っていたため危害を加えないよう指令を出していたにも関わらず、殺害されたという知らせに激怒したと伝わる。

この言葉はアルキメデスの最期の言葉として有名ですが、この言葉の伝承には証拠は無く、プルタルコスの記述の中にも見出せません。アルキメデスの墓は彼自身が好んだ数学的証明を題材に選ばれ、同じ径と高さを持つ球と円筒のデザインがなされたと伝わっていました。彼が亡くなってから137年後の紀元前75年、ローマの雄弁家キケロが財務官としてシチリアに勤めていた頃、アルキメデスの墓について聞きました。場所は伝わっていなかったので、彼は探した末にシラクサのAgrigentine門の近く、低木が繁る省みられない場所に墓を見つけ出したそうです。シラクサ攻囲を記したポリュビオスの『Universal History 』(普遍史)には70年前のアルキメデスの死が記されており、これはプルタルコスやティトゥス・リウィウスが出典に利用しています。この最期の言葉は実に数学者らしいものだと思われます。古代ギリシアでは数学は魂を浄化させる手段だと考えられていたようですが、アルキメデスも一種宗教的な境地にまで達していたのかもしれません。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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