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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

今日の辞世の句 

Is everybody happy? I want everybody to be happy. I know I'm happy.

みんな幸せ?みんなに幸せになって欲しいの。私は自分が幸せだと知っているわ。

エセル・バリモアの最期の言葉。エセル・バリモアはペンシルベニア州フィラデルフィア出身。本名エセル・メイ・プライス。父はイングランド人俳優モーリス・バリモア、母は米国の女優ジョージアナ・ドリュー。1894年から舞台女優として活躍、サイレント映画にも出演した。兄ライオネル・バリモア、弟ジョン・バリモアも俳優で、後に3人は「バリモア一家」と呼ばれる名優たちになった。1932年『Rasputin and the Empress』では三人が初共演した。ジョン・バリモアの死後、ライオネルとエセルは『Main Street to Broadway』で共演するが、偶然にもライオネルの遺作になってしまった。映画、舞台、そしてTVでも活躍した。1951年、アカデミー賞授与式でジュディ・ホリデイが欠席したため、彼女の代理として、オスカー像を受け取った。重要な役回りを演ずる作品では、彼女がしばしば病気がちの女性を演ずるか、時にはベッドの上で死んでしまう配役が多かった。彼女と彼の兄ライオネル・バリモアは最初にオスカーを獲得した兄妹である。1944年『None But the Lonely Heart』(日本劇場未公開だが後に『孤独な心』の邦題でテレビ放送された)に出演してアカデミー助演女優賞を受けてから主な活動の場は映画に移り、品の良い老婦人を演じ続けた。1959年79歳で死去。

エセル・バリモアは、ニューヨークで非常に人気のあった舞台女優でした。彼女はステージ・スターになった後、カーテンコールを要求し続ける観客に向って"That's all there is―there isn't any more!" (全てはそこにある、それ以上はない!)と言って、がっかりさせました。これは1920年代と1930年代に、ポピュラーなキャッチフレーズになりました。彼女は心臓病を抱えており、最期はカリフォルニアの彼女の家で心疾患で亡くなりました。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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