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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

国を思い死ぬに死なれぬ益良雄が 友々よびつ死してゆくらん

黒木博司の辞世の句。黒木博司は日本の海軍軍人。最終階級は海軍大尉(事故死のために一階級特進のみで海軍少佐)。岐阜県益田郡下呂村(現・下呂市)出身。黒木家は尊皇の志篤く、父親は医師として近隣の貧しい農民の医療に貢献した。太平洋戦争末期、旧日本海軍が用いた特攻兵器・人間魚雷「回天」を 発案し、戦力化にも多大な貢献をした一人である。1941年11月:当時旧式だった戦艦「山城」に着任し、太平洋戦争開戦を迎える。1944年2月:人間 魚雷構想が取り入れられ、開発が開始される。8月には「回天」として採用される。1944年9月6日:17時40分、山口県大津島の訓練基地から樋口孝大 尉が操縦する訓練用回天に指導同乗、遭難し殉職。艇内に残された遺書により、亡くなったのは9月7日の早朝と推測されている。この回天が発見されたのは、 殉職から3時間後のことであった。黒木博司と樋口孝は、約10時間艇内に閉じこめられ、酸欠により死亡していた。その10時間のあいだに、佐久間艇長にならい、泰然として報告書と遺書をしたためている。

益良雄とは「ますらお」と読み、立派な男のことです。自爆兵器を作ったことを功績と言えるかどうかは微妙ですが、死に方は立派なものと言えるでしょう。10時間も潜水艦の中に閉じ込められて死んだら、大抵はおかしくなると思いますが。潜水艦は特に第二次大戦時やそれ以前のものは、居住性が劣悪で勤務は非常に過酷でした。黒木博司は幼少より成績優秀で努力家だったそうです。関学校では皇国史観の中心人物である歴史家平泉澄に師事するなど、尊王心の非常に篤い人物であり、才気煥発の熱血漢でもありました。彼は海軍上層部に人間魚雷構想を請願する際、全文血文字の文書を提出していますが、他にも「鉄心之心」という憂国の内容に富んだ日記を全文血文字で書いています。遺書には辞世の句の他にも、平泉澄、仁科関夫、先輩友人などへの言葉や事故は自分の責任であると書かれており、「天皇陛下万歳 大日本帝国万歳 帝国海軍万歳」との記述されています。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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