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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

I love you so much.

とても愛してるよ。

ハリー・ニルソンの最期の言葉。ハリー・エドワード・ニルソン(1941年6月15日 - 1994年1月15日)は、アメリカ合衆国のソングライター、歌手。1960年代後半から1970年代にかけて、「ニルソン」名義で数多くのヒット曲を残した。代表曲に「ウィザウト・ユー」(1972年全米No.1)、「うわさの男」、「ワン」、「ミスター・ボージャングル」、「孤独のニューヨーク」(アルバム『ハリー・ニルソンの肖像』に収録。1969年発表)などがある。ニューヨーク市ブルックリンでスウェーデン系の両親の間に生まれる。音楽好きな母親と叔父の影響を受けるが最初から音楽活動に入らず、銀行員となる。学歴を詐称して解雇されかけたこともあったが必死に働きコンピューター部門の主任にまでなったという。1960年代初めから、勤務の間を縫って音楽活動を始め、リトル・リチャード、フィル・スペクターやモンキーズなどのミュージシャンやプロデューサーに次第に認められる。甘く哀愁のこもった歌声で、「七色の声を持つヴォーカリスト」と評された。ジョン・レノンに高く評価され、一時はポール・マッカートニーの代わりにビートルズに加入するなどの噂が流れたりした。映画「真夜中のカーボーイ」から「うわさの男」がヒット。さらに、アルバム『ニルソン・シュミルソン』(1971年)に収録されたバッドフィンガーのカヴァー「ウィザウト・ユー」が1972年にはシングルとして全米・全英1位の大ヒットを記録した。のちアルコールと薬に溺れ喉を痛めてからは往年の勢いは無かった。ソングライターとしての評価も高く、スリー・ドッグ・ナイトの"One"などの作曲を手がけた。これまで、2回グラミー賞を受賞している。1990年代にカムバックを目指すが、すでに糖尿病に侵されていて、果たすことなく1994年1月15日、自宅で就寝中に心不全のため死去。没後1年の1995年、生前彼と親交のあったランディ・ニューマン、リンゴ・スター、ブライアン・ウィルソン、アル・クーパーなど錚々たるメンバーが参加したトリビュート・アルバム"For The Love of Harry:Everybody Sings Nilsson"が発売された。

ニルソンの曲で一番有名なのは、1972年全米No.1になった「ウィザウト・ユー」でしょう。この曲はバッドフィンガーのピート・ハムとトム・エヴァンズが制作した楽曲ですが、ニルソンは最初この曲をビートルズの曲だと勘違いしており、勘違いに気付いた後、アルバム『ニルソン・シュミルソン』へ収録するために、この曲をカバーしました。ニルソンの実質のデビューアルバムである"Pandemonium Shadow Show"(パンディモニアム・シャドウ・ショウ)を聴いたジョン・レノンがニルソンの元に国際電話をかけ、「You are great!」と、賞賛したというエピソードは有名です。ニルソンは1969年に"Everybody's Talkin'"でグラミー賞最優秀男性現代ボーカル、1972年に"Without You."で同賞の男性ポップボーカルを受賞しました。

"Without You."を聴いてみたい方はこちらからどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=BvxT7rRA2fI
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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