07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: スポンサー広告

tb -- : cm --   

幸徳秋水の非戦論 

遅くなりましたが、5月13日分の活動報告です。
学園祭に向け、「現在の興味関心はどんなことか、今後どういった研究をしていきたいのか」を表明せねばなりません。その構想について報告しました。


幸徳秋水の非戦論云々については "加藤陽子『戦争の日本近現代史』(講談社現代新書/2002) 第六講" が担当者の中では起点となっています。この講は前半部分で日本をとりまく国際情勢(外交、貿易事情)が少しずつ悪化し、それによって追い詰められた日本が戦争に向かわざるを得なかった様相を記しています。
こうして外部事情からやむを得ず始まった戦争に明確な意義を与えたのが吉野作造の征露論です。吉野はロシアが貿易の自由を認めないことからロシアを「文明の敵」であるとして攻撃します。さらに吉野はロシアの専制政府に関しても非文明であるとし、この手法で戦争の意義を明確化かつ正当化しているのです。この論理は広く流布しました。筆者は、「日清戦争後から日露戦争にいたる10年もの間、『臥薪嘗胆』のスローガンで国全体を戦争へ向かわせ続けたとする説は無理がある」としています。「臥薪嘗胆」を念頭に、一直線に戦争へと向かっていたわけではないのです。

対する非戦論で有名なものとして幸徳秋水が挙げられています。彼の非戦論の切り口は深く、その非戦論は積極派に対抗できる有効的なものでした。日本において帝国主義を一般的に認識されていなかった時代なので、彼の洞察の深さや先見性に驚かされます。


上記のように、幸徳秋水は日露戦争に対して一貫して非戦を唱え、戦後に社会主義者として確立します。
早い段階から国内で勢力をもった社会主義でしたが、「大逆事件」によって社会主義の冬の時代が到来、事件の翌年には特高警察が設置されます。大逆事件は以降の思想統制を考えるうえで重大な出来事ではないでしょうか。
現在から大逆事件を振り返り、この先の流れも考えると異質な思想の討伐は結果として国家の首をしめると言えるでしょう。深層にある思想を統制しても表面にある現実の状況は変わらないので社会問題は先送りされたままであり、行き着くところまで流されるしかないのでしょう。
私は昭和期の混乱もこうした流れと無縁ではないと感じています。


漠然とした問題意識ではありますが、この問題意識を軸に今後の個人研究をすすめていこうと考えています。
次回も今後の研究に向けての個人報告です。
スポンサーサイト

Category: かつどう!

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://ufononatu.blog10.fc2.com/tb.php/588-4d651899
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。