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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

【鑑賞】劇場版『機動戦士Ζガンダム A New Translation』 

●「文学、映画、アニメ、評論・・・いろんな媒体を通して「戦争」に関する言説をみながら「戦争」について考えるという半分冗談、半分真面目な活動企画」班の活動報告(雑記)

・第一弾の作品は『機動戦士ガンダムZ』(劇場三部作)
→1st(全43話)を春休みに観終わったラボメンの「ガンダムってのは、ほんとに愛とロマンだけの作品なんですかね?」がきっかけ。

毎週一幕ごとに鑑賞・議論。(三週間)

①星を継ぐ者(2005年5月28日公開)

・Zの世界(宇宙世紀0087)は如何にして作られたのか。
→一年戦争から7年後の世界。連邦軍の内ゲバ。

・シャア・アズナブルの評価。(シャアについて、語り合う場面)
→二部以降の伏線。
・戦場の描き方。
→1stよりも、若干ロマンスっぽい?ロマンスは二部で遺憾なく発揮(笑)
・映画とTV版の違いは?
→さあ、みんなで考えよう。

②恋人たち(2005年10月29日公開)

・TV版を踏まえないと展開が早すぎて追いつけない。
・謎のロマンス。
→カミーユ「大人の都合なんだよね、それ」⇒第三幕でのカツコバヤシに対するカミーユの発言に注目。

③星の鼓動は愛(2006年3月4日公開)

・カミーユ:「嘘ですよね?レコアさんが戦死なんて・・・戦場だからって、こんなこと・・・」
→反語的表現。本来であれば、逆説ではなく順接のハズ「戦争だからこんなこと」

・✖✖✖:「わたしは主義者ではないわ」
→第二幕の終わりから、ハマーンさま(&ヘップバーン:まさかのドズルの娘)乱入でいよいよ戦闘が複雑になる が、その複雑さは、彼らの(ハマーンさま、シロッコ、シャア)世界観の違いにある。各々の世界観のために戦 う連中と区別されたとき、ではお前は何のために戦うのか?⇒「女であること」(▲▲▲「できるわね、女やってるんだから」/■■■:「男って、女を道具としか使わない」「男ってそうだけど、そうだからって」)

・カミーユ:「戦場では個人の感情なんて・・・」
→第二幕ではロマンスだった君は、では何のために戦うのか?(ファ:「カミーユもカツの恋心はわかるでしょ!?」)/タイトルの意味?

・劇場での政治問答(ハマーンさま、シロッコ、シャア、そこへカミーユ乱入)
→本作の核心。あの戦闘の複雑さが世界観の相違に演繹された瞬間。人に理性をもとめるのは絶望的であるという前衛論理を振りかざすのは、ハマーンさまとシロッコ。(しかも、また彼らは彼らで違う)そこへ新たな可能性にかけるシャア・アズナブルの反駁の意味は何なのか。そして、その全てを含んで否定するカミーユとは誰か。

ハマーンさま:「大した役者だったなシャア。話し合いの余地がないのなら、ここがお前の死に場所だ」(ハマーンの真意は?_「女であること」要素も考慮)

シロッコ:「歴史の立会人として云々」「(シャアに対して)まだ世界を欲しがっているんだろ?」
ハマーン:「(シャアに対して)ザビ家再興に手を貸せ」
シャア:「世界を誤った方向に持って行きたくない云々。(ニュ-タイプの覚醒による可能性を主張)」
ハマーン:「人類がそれほど賢い存在だと思っているのか?愚劣な」

ここでカミーユ登場。

カミーユ:「違う、違う、違う、間違っているぞ!」
(ハマーン、シロッコ、シャアのすべてを否定=地球の重さと大きさを理解できない連中)
シロッコ:「天才の足を引っ張ることしかできない俗人どもに何ができる。つねに地球を引っ張ってきたのは、ひ      と握りの天才だ」
カミーユ:「それは人間を家畜にすることだ。人を道具にして。それはいちばん人間が人間にやっちゃいけないことだ」(「戦争を手段化している」云々→戦争は人間を手段化するものでは)

*劇場での一幕をどう理解するか。
→ハマーン、シロッコ、シャア、カミーユの世界観(政治哲学)の整理=「何のために戦っているのか」



参考メモ

★Z政治哲学問答理解のために
・「政治」とは何か―南原繁と丸山眞男の場合―
cf.「政は正なり」(南原繁:現実を知った上での理想主義哲学。政治を文化価値に位置づける)⇔「僕はどちらかと言うと、ヴェーバーのほうなんだ。正統的な暴力性の独占。」(丸山眞男:南原とは違った政治観。政治とは必要悪であるという考え。一方、シュミットへの反駁)

丸山:「そのヴェーバーの権力概念を肯定的な意味で継承したのがシュミットなのですが、僕は一部の人が言うように、決して正統的な継承だとは思いません。越ゆるべからざる断絶があると思います、シュミットとの間には。」
→人民の意志は、投票数などという機械的作業よりも、人民の喝采のほうがはるかに生き生きと表現されている。喝采の中での指導者と被指導者の一体性。(『現代議会主義の精神史的地位』:「学生の時に読んで「違うぞ、違うぞ!」と。僕は議会主義への懐疑[を説くシュミットへの疑問]から始まっている。それで今でも議会主義者ですから、そういうシュミットとどうやって戦っていくのかということですね。だから、代表原理から議会主義は基礎づけられないというシュミットの考えは僕も正しいと思います。」)

cf.シロッコとカミーユの政治哲学?
cf.ナチの恐ろしさ:ナチの持っているアンビヴァレンス。ナチが持っていた斬新さ、魅力。また、近代文明が行き着いたファシズムとは?(ガンダムをネタにファシズム論の検討??)

・ハマーンさまやシロッコの前衛論理
→彼らの拠って立つイデオロギーが不明なのでなんともいいようがないが、それでも、お前たちだけ真理を把握できるという根拠は何か?とは問いたくなる。(自分自身のイデオロギー性についての盲目さ)
→シャアの世界観がイマイチわからないが、そのシャアも含めて全否定するカミーユ。その「われここに立つ」という確信はどこから?「地球の重さと大きさのわからない・・・」「星の鼓動は愛」の意味?

cf.党派性の問題。歴史主義(相対主義)から出てくるハズのマルクス主義はどうやって真理を演繹するのか?
「プロレタリアートのみが真理を把握する(=プロレタリアートの自己意識イコール社会意識。もっとも疎外されている階級こそもっともトータルに社会を把握できる)」(ルカーチ『歴史と階級意識』)
→ガンダムZにはいろんな意味で「大衆」が描かれていない?⇔1st


小括

・統一研究テーマであるファシズム論に如何に結びつけるのかという課題について(無理矢理)
・それぞれが「戦争」について以下に語っているのか。その論理は以下に演繹されているのかという点で、彼らの世界観の整理(主要人物)。その他にも、女の戦いとロマンスも存在(別カテゴリーの〝戦い〟)するが、それだけではない=「ガンダムってのは、ほんとに愛とロマンだけの作品なんですかね?」という最初の疑問への回答。一方、カミーユだけ、なんか全部ひっくるめたようなまとめ方での戦い。新たな問い:「カミーユ・ビダンとは誰だ」(理屈を超越した戦争論。cf.カントの平和論との比較)
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Category: かつどう!

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