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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

子房の一撃豈に功なからんや 
天下何の辺か沛公出でん 
命を山中に待ちて猶未だ死せず 
白雲黄菊自ら秋風

張良の一撃は失敗したがどうして功績がなかっただろうか
天下のどこに劉邦は生まれるのだろうか
命を山の中で待って、いまだに死んでいない
白い雲と黄色い菊は自ら秋風である


中村九郎の最期の詩。中村九郎は(1828-1864)幕末の武士。文政11年8月3日生まれ。長門(山口県)萩藩士。藩校明倫館で文武を,吉田松陰に兵学をまなぶ。禁門の変で国司信濃の参謀としてたたかう。帰藩後捕らえられ,元治元年11月12日弟の佐久間佐兵衛らとともに斬られた。37歳。名は清旭。通称は別に喜八郎,道太郎。号は白水山人など。

中村九郎は甲子殉難十一烈士の一人です。中村九郎はあまり有名な人ではあり線が、禁門の変で国司信濃の参謀として戦った人です。禁門の変の是非についてはにわかには判じがたいのですが、暴力闘争というのはろくな結果とならない場合が多いようです。書くことがないので詩について語りましょう。「子房」とは漢の高祖の軍師であった、張良の字です。張良は紀元前218年頃に秦の始皇帝を暗殺するために力士を雇いましたが、失敗しました。「沛公」とは漢の高祖劉邦のことです。難しいのは「自ら秋風」という表現です。これははっきりと断言できませんが、李賀の「京城」を意識しているのかもしれません。

李賀 京城

駆馬出門意 馬を駆かりて門を出でし意
牢落長安心 牢落長安心
両事向誰道 両事誰に向かって道ん
自作秋風吟 自ら秋風の吟を作す

馬を駆って意気揚々と郷関を出た意気込み
今はうらぶれて侘びしい長安の街
このふたつの心誰に向かって語ればいいのか
ひとり淋しく秋風の詩を吟じている

李賀は幼くして秀才の誉れが高かったのですが、父の諱の一字である「晋(シン)」と進士の「進(シン)」が同音であることから、諱を避けて進士になるべきではない、というとんでもないこじつけによって、科挙の試験を受けれず、失意のうちに27歳の若さで亡くなりました。「京城」は晴天の志を抱いた若かりし日の心と、現在の失意の心を対比させた詩です。中村九郎は死を前にして、自身と李賀を重ね合わせていたのかもしれません。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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