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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

筒音に鳴く音やすめしほととぎす 会津に告げよ武夫の死を 

銃声に驚いて鳴くのをやすめたほととぎすよ 会津に告げてくれ立派な男が死んだと

望月武四郎の辞世の句。望月武四郎は会津藩士。新潟県北魚沼郡小出町に戊辰戦争のとき戦死した会津藩士の墓とその辞世がある。「筒音に鳴く音やすめしほととぎす会津に告げよ武夫の死を 輪形月」輪形月とは小出島の戦いで負傷し、かくまって手当てしてくれた民家に迷惑はかけまいと自決した遊撃隊士で、望月新兵衛の三男・武四郎(22歳)であった。輪形月とは望月を指す。小出島の戊辰120年記念事業として辞世碑ができた。墓は新潟県北魚沼郡小出町大塚墓地の戊辰戦役供養碑。

望月武四郎は一般的な知名度の高い人ではありませんが、最後に残した辞世の歌はなかなかの出来栄えです。戊辰戦争における会津藩の奮戦は悲惨なものでしたが、その勇敢さは特筆に値するものがあります。望月武四郎が死に臨んだ会津藩飛領の小出島も激戦地の一つで、町野主水率いる会津藩の主力が小千谷陣屋と小出島陣屋に置かれました。しかし、200人の会津軍は約700人の圧倒的多数の新政府軍に奮戦するも敗れ、越後戦線へと移動することとなります。新政府軍の詮索は厳しくなり、望月ら会津藩士は民への冤罪がでることを恐れ、民家をでて自害して果てました。昭和63年の「戊辰120周年記念行事」で歌碑が建てられ、上記の歌を刻んだ歌碑が建てられました。歌碑の裏面に松代藩隊長であった、蟻川賢之助の返歌が刻まれています。

小出島の戦ひにみまかりし敵ながらやさしきもののふの心根を弔ひて
ほととぎす魚野川辺の夏嵐 永久に伝へよ波騒の声
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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