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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

戦ひの花を散らして今よりは よみ路の月を見るべかりけり

戦いの花を散らして今よりは 死出の道の月を見るべきだったな

鶴田陶司の辞世の句。鶴田陶司(1840-1864)幕末の武士。天保11年生まれ。筑後(福岡県)久留米藩士。文久2年脱藩して京都にいき、寺田屋事件で藩吏に捕らえられる。翌年ゆるされ、中山忠光にしたがって天誅組にはいり各地で幕府側とたたかうが捕らえられ、文久4年2月16日京都の獄中できられた。25歳。名は孝良。

鶴田陶司もまた無茶な尊皇過激派でした。大体において過激な思想に傾倒して、無茶な事件を起こすのは若い人なものです。鶴田陶司に限ったことではありませんが、幕末の尊王攘夷運動家は三島由紀夫の『奔馬』の主人公飯沼勲のような人物だらけです。鶴田は文久2年(1862年)に寺田屋事件で、他の尊王攘夷派と共に危うく殺されかけたのを生き延び、その2年後天誅組の変に参加して25歳の若さで処刑されるという短いながらも波乱の人生を生きました。これだけ大暴れして死んだのですから、それなりに楽しかったでしょうし、当人もそれなりに満足しているのではないでしょうか。上記の歌は『殉難續草』に収められているのですが、残念ながら辞世なのか確証がありません。しかし、晩年の作であることと、歌意をみるに恐らくそれに近いものであると思われます。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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