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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

心平等といへども事に差別あり 差別の中心はまさに平等たるべし

契沖の辞世の句。は江戸時代中期の真言宗の僧であり、古典学者(国学者)。契沖は、幼くして大坂今里の妙法寺の丯定に学んだ後、高野山で阿闍梨の 位を得る。ついで大坂生玉の曼陀羅院の住持となり、その間下河辺長流と交流し学問的な示唆を受けるが、俗務を嫌い畿内を遍歴して高野山に戻る。室生寺では 命を捨てようとしたこともある。その後、和泉国久井村(現在の和泉市久井町)の辻森吉行や池田郷万町村(現在の和泉市万町)の伏屋重賢のもとで、仏典、漢 籍や日本の古典を数多く読み、悉曇研究も行った。1678年(延宝6年)妙法寺住持分となった後、晩年は摂津国高津の円珠庵で過ごした。『万葉集』の正し い解釈を求める内に、当時主流となっていた定家仮名遣の矛盾に気づき、歴史的に正しい仮名遣いの例を『万葉集』、『日本書紀』、『古事記』、『源氏物語』 などの古典から拾い、分類した『和字正濫抄』を著した。これに準拠した表記法は「契沖仮名遣」と呼ばれ、後世の歴史的仮名遣の成立に大きな影響を与えた。

契沖は日本の古代文学を研究の元祖のような人です。それにしても、この言葉は含蓄がありますね。心は平等であっても事には差別があというのは、福 沢諭吉の天は人の上に人を造らず,人の下に人を造らず、されどその有様雲と泥との相違あるに似たるは、学ぶと学ばざるとに由て出来るものなり(著者要 約)、というのに近いでしょう。差別の中心に平等があるというのも、今の人の感覚からすると分かりにくいでしょうが、これは社会の安定には秩序が必要であ るというくらいに、理解しておくべきでしょう。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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