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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

Sacred
To The Memory Of
William Bligh, Esquire F.R.S.
Vice Admiral Of The Blue,
The Celebrated Navigator
Who First Transplanted The Breadfruit Tree
From Otahette To The West Indies,
Bravely fought The Battles Of His Country
And Died Beloved, Respected, And Lamented
On The 7th Day Of December, 1817
Aged 64

神聖
ウィリアム・ブライの思い出に
王立学会特別研究員にしてイギリス王立海軍中将
タヒチから西インドへと最初に移植されたパンの木である祝福されし航海長
勇ましく彼の祖国のために戦った
そして、愛されて亡くなり敬意と共に悲しまれた
1817年12月7日
64歳であった

ウィリアム・ブライの墓碑銘。ウィリアム・ブライ(1754年9月9日 – 1817年12月7日)はイギリス海軍の士官。海軍中将、王立協会会員、植民地管理者。有名な「バウンティ号の反乱(1789年)の際の艦長として知られている。軍艦「バウンティ」の反乱は彼の指揮に対して起こされた。彼をはじめとする19名は反乱者によって「バウンティ」の搭載艇に乗せられ海上に送り出されたが、非凡な航海術によってティモール島まで辿り付いたことで記憶されている。「バウンティの反乱」からかなりの後、彼はオーストラリアのニューサウスウェールズ(NSW)の軍隊における不正なラム酒取引を正す命を受け、ニューサウスウェールズの総督に任命された。これは、ジョージ・ジョンストン少佐がジョン・マッカーサーと共謀して起こしたラム酒の反乱のきっかけとなった。

ウィリアム・ブライは多くの文学作品や映画で取り上げられた、バウンティ号の反乱の際の艦長です。上記の墓碑銘にもパンの木のことが書かれていますが、1787年にブライは王立芸術協会の特別な要請により、武装船「バウンティ」を指揮してタヒチ島に赴いて「パンノキ」を採取し、その後カリブ海に向かうことになっていました。しかしタヒチを出発した直後に起きた反乱により、ブライ艦長以下19人は救命艇に乗せられて追放されました。キャプテン・クックの元で航海術を磨いており、絶対の自信を持っていたブライは、生き延びて反逆者を追跡できるイギリスの船に、できるだけ早く反乱の知らせを伝えるために、ティモールへ、不可能に近いようなな3,618海里(6,701km)の航海を行いました。ブライの指揮する救命艇は、驚異的な航海術によって海図もコンパスもなしで、41日かけてニューギニアとオーストラリアの間の難所トレス海峡を通り、ティモール島にたどり着きました。1790年3月15日にブライ達はイギリスに戻り、反乱を報告しました。その後ブライは、1801年4月2日のコペンハーゲンの海戦のときにはネルソン提督の指揮下にあり、56門戦列艦「グラットン(Glatton)」を指揮しました。戦いの後、ブライは、その勝利への貢献をネルソンによって特に称賛されています。さらに彼は1806年8月に第4代総督としてシドニーに到着し、そこで彼はまたしても反乱「ラム酒の反乱」に遭遇しました。「ラム酒の反乱」はオーストラリア史で唯一成功した、武力行使による政府の乗っ取りです。事の始まりは利権争いで、ブライが多量のラム酒を軍団に安値で流通させているのをやめさせたことに端を発しています。ジョージ・ジョンストン少佐指揮下のニューサウスウェールズ軍団及びその軍団と緊密に連携したジョン・マッカーサーにより、1808年1月26日にブライは総督職を退任させられました。ブライは1817年12月6日に、ロンドンのボンドストリートで亡くなり、ランベスのセントメアリー教会(現在「庭園歴史博物館」となっている)に葬られました。コード・ストーンで作られた彼の墓石の上には、パンノキの飾りが付けられています。博物館の1ブロック東側にはブライの家の記念額が置かれています。

ブライの墓
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Grave_of_William_Bligh,_Lambeth,_London_-_geograph.org.uk_-_1411724.jpg
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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