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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

Don't worry…it's not loaded…

心配するな…弾は入ってない…

テリー・キャスの最期の言葉。テリー・キャス(1946年1月31日 - 1978年1月23日)はアメリカ合衆国イリノイ州シカゴ生まれのミュージシャン、ソングライター。シカゴのオリジナル・ギタリストであり、創立メンバー。1978年、32歳の誕生日の8日前、自動拳銃の暴発事故で急逝した。キャスはギタリスト兼ボーカリストでもあり、バンジョー、アコーディオン、ベース、ドラムスを演奏できるマルチプレーヤーであった。親友でサックスプレーヤー、フルート奏者のウォルター・パラゼイダー、ドラマーのダニー・セラフィンと共に、「ザ・ミッシング・リンク」と呼ばれるバンドを立ち上げるべく活動を開始。パラゼイダーのアパートで練習を重ねる間に、トロンボーン奏者のジェームズ・パンコウ、トランペッターのリー・ロックネイン、ボーカリスト兼ピアニストのロバート・ラムも仲間に加え、「ザ・ビッグ・シング(ザ・ビッグ・サウントと呼ばれることもある)」というバンドを結成するに至る。さらにボーカリスト兼ベーシスト兼アコーディオン奏者のピーター・セテラが加入したことにより、彼らは活動拠点をロサンゼルスに移し、コロムビアレコードと契約した。バンド名は「シカゴ・トランジット・オーソリティ」に変更されたが、1970年、「シカゴ」に短縮された。キャスは1969年のデビューアルバムリリース時から、ギタリスト、ボーカリスト、ソングライターとして、バンドの中心人物として活躍した。1978年1月23日の午後5時頃、ローディーの家でパーティーのあった後、キャスはふざけて未装填の38口径のリボルバー拳銃を頭に押しつけ、数回トリガーを引いた。友人はキャスに気をつけろと何度か注意した。それからキャスは9ミリの自動拳銃を取り上げ、心配ない、弾は入ってないと言った。安心させるため、キャスは空の弾倉を友人に見せた。ところが、弾倉は空だったが、薬室に一発の実弾が入ったままだった。それに気づかず、キャスは銃口をこめかみに当てて、トリガーを引いた。彼は自らのこめかみを撃ち抜いて即死した。キャスの32回目の誕生日のわずか一週間前の出来事だった。

テリー・キャスは不慮の事故で亡くなった、シカゴのオリジナル・ギタリストです。シカゴはアメリカのロックバンドで、ロックにブラスを取り入れた形式のバンドとして先駆的な存在です。1970年にシングル「25 Or 6 To 4(邦題;長い夜)」が世界的に大ヒットして以後、「ぼくらに微笑みを」「ビギニングス」「サタデイ・イン・ザ・パーク」「愛のきずな」「君とふたりで」などを発表し、シカゴは人気ロック・バンドとなりました。1976年にはラブ・バラードである「If You Leave Me Now(愛ある別れ)」が全米ナンバーワンになりました。テリー・キャスの死後もバンドは活動を続け、1982年の「Hard to Say I'm Sorry(素直になれなくて)」(1982年年間10位)、1989年の「Look Away(ルック・アウェイ)」(1989年年間1位、作曲はダイアン・ウォーレン)など、ラブ・バラード路線のヒットを連発し、今なおトップバンドとして活躍しています。ロックミュージシャン無茶な生活により早死した人は数多くいますが、自動式拳銃の薬室に残った弾丸の誤発射というとんでもない死に方をしたのは、テリー・キャス以外にはいないでしょう。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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