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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

心から 雪うつくしや 西の雲

小杉一笑の辞世の句。小杉一笑(こすぎ-いっしょう 1653-1688)江戸時代前期の俳人。承応2年生まれ。加賀金沢の茶商。高瀬梅盛の門人。『俳枕』以来、『時勢粧』『山下水』『大井川集』『名取河』『孤松』『阿羅野』などに入句。とくに近江大津で刊行され尚白撰『孤松』に一九三句入集され、上方でもその名が知られ、中でも芭蕉にもっとも注目された。貞門・談林をへて蕉門に属する。松尾芭蕉に傾倒し、貞享4年蕉門の江左尚白が編集した」に190句余が収録された。元禄元年12月6日死去。36歳。通称は茶屋新七。

小杉一笑は芭蕉の門人ですが、一般的な知名度は低い人です。彼は芭蕉の優れた弟子である十哲の中に入ってはいませんが、師の芭蕉からも好かれていたようで、『奥の細道』の 旅行中に一笑の死を知った芭蕉は、金沢で追善句会を催し、「塚も動け我が泣く声は秋の風」という哀悼の句を詠みました。一笑は貞門派や談林派の門下でしたが、言葉遊びの域を出なかったとされる貞門派にあって、古風を墨守した高瀬梅盛に師事したことからもわかるように、正統派の俳諧を目指した人でした。その一笑が、正風俳諧を大成した芭蕉に師事したことは、当然と言えます。一笑は金沢における蕉風の先駆をなし、その才能を芭蕉に注目されましたが、36歳の若さで亡くなってしまいました。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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