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新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

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今日の辞世の句 

今はまで 源氏もとしも みをつくし

山口黒露の辞世の句。山口黒露(やまぐち こくろ 1686-1768*)は、江戸時代中期の俳人。貞享3年生まれ。山口素堂の門人。婿入り先を放蕩で破産させ、生地の江戸をでて甲斐と東駿河にすんだ。国学、茶道に通じ、箏もよくした。明和4年12月10日死去。82歳。名は守常。別号に雁山、稲中庵。編著に「有渡日記」「駿河百韻」など。

山口黒露は江戸時代の俳人ですが、婿入り先を放蕩で破産さたというのですから、並みの人物ではありません。大体において芸術家というのは、ろくな人間ではありませんが、黒露もまた真面目に労働できる人ではなかったようです。彼は元々は雁山と名乗っていたのですが、家を破産させたために旅に出たまま消息を絶ち、駿河で黒露と名を変え俳諧の師匠を行いました。そのため、彼が旅先で亡くなったと勘違いした友人たちは、黒露の墓を建てました。しかし、本人が死んだのは、その36年後の1767年のことでした。さて、上記の句についてですが、「みをつくし」とは澪標と書き、これは川の河口などで航行が不可能な場所と航行可能な場所である澪との境界に並べて設置される、航路を示しす印のことです。和歌では「身を尽くし」との掛詞で用いられ、心身のありったけをささげるという意味で使われます。ここでは師の素堂が『源氏物語』を詠み込んだ辞世の句を詠んだことを念頭に置いて、自身も今わの際まで『源氏物語』にも自身の年齢にも、身を尽くして生きたことを示したのでしょう。
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Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

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