07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: スポンサー広告

tb -- : cm --   

今日の辞世の句 

春風や おもはぬ方へ 梅の散

實川額十郎 (2代目)の辞世の句。二代目 實川 額十郎(にだいめ じつかわ がくじゅうろう、1813年(文化10年) - 1867年3月27日(慶応3年2月22日))は幕末の上方の歌舞伎役者。屋号は井筒屋。俳名に延若・延賞がある。京に生まれ、大坂南本町で育つ。幼くして初代淺尾額十郎の門人となり淺尾萬吉と名乗る。素質が認められて師の養子となり、文化14年(1817年)淺尾延三郎と改名する。1833年(天保4年)養父の改姓にともない實川延三郎と改名。その後主に上方で舞台活動を行う。慶応元年(1865年)春、二代目實川額十郎を襲名する。世話物の立役を得意とし、幕末の上方歌舞伎において和事の名人といわれた。若くして眼病に冒され、晩年には失明して「盲の額十郎」と渾名された。それでも『絵本太功記』の武智光秀をつとめたが、ある日熱演のあまり二重屋台から足を踏み外しよろめいてしまった。このとき伴奏の三味線がとっさの機転で「ズズズズン」と弾いたのが評判となり、これが現在に伝わる型となっている。門人には初代實川延若、初代實川八百蔵、二代目實川延三郎らがいる。

二代目實川額十郎は和事の名手で、「名人延三」とよばれました。和事とは、男女のあいだの情愛を扱う際にその主人公となる若い男のことで、やわらか味のある美男子を演じ、番付の二枚目に書出されるところから二枚目の語源ともなりました。額十郎は慶応3年2月22日に死去。享年55歳でした。
スポンサーサイト

Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://ufononatu.blog10.fc2.com/tb.php/921-e9e956be
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。