FC2ブログ
05 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

新・立命館大学戦史研究所

立命館大学の登録団体である立命館大学戦史研究所の公式ブログ。戦史研の活動再開とともに復活!

 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category: スポンサー広告

tb -- : cm --   

今日の辞世の句 

蜩(ひぐらし)や 地獄をめぐる 油皿

山田浅右衛門吉寛(4代)の辞世の句。山田浅右衛門吉寛(やまだ あさえもん よしひろ 1736年 - 1786年)は、江戸時代に御様御用(おためしごよう)という刀剣の試し斬り役を務めていた山田家の四代目当主。俳号を鉄丸舎寛子。晩年は病弱で御用差し支え、弟子の須藤五太夫睦済(伊予今治藩士)が幕府の許可を得て「手代」(代役)を務めた。享年四十九歳。清徳院鉄巌宗心居士。

山田浅右衛門吉寛は晩年は体が弱っていたのに、刀剣の試し斬り役を務めていた人です。試し斬りの技術は「据物」(すえもの)と呼ばれ、据物斬りは将軍の佩刀などのために、腰物奉行らの立会いの元、特に厳粛な儀式として執り行われました。本来、こうした御用は、斬首と同様に町奉行所同心の役目とされていましたが、実際には江戸時代中期以後、斬首・据物斬りを特定の者が行う慣例が成立し、徳川吉宗の時代以後、山田浅右衛門家の役目とされました。なお、山田朝右衛門が斬首を行う際には、大名・旗本などから試し斬りの依頼を受け、その刀を用いて斬首することがありました。その方法は、地面に竹の杭を数本打ち立て、その間に死体をはさんで動かないようにして斬るというものでした。この時、僧侶、婦女、賎民、廃疾者などの死体は用いなかったそうです。上記の辞世の句は、非常におどろおどろしいものを感じさせる不気味な歌です。晩年体調が悪かったからか、それとも罪人のとはいえ人体を切断することを生業としてきたことへの悔悟の念からか、この辞世の句にはえも言われぬ恐ろしさがあります。
スポンサーサイト

Category: 畠山首席参謀主筆! 立戦研連載企画 《今日の辞世の句》

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://ufononatu.blog10.fc2.com/tb.php/987-4e1ab8fe
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。